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Pairing typefaces
書体の組み合わせ
書体を組み合わせるということは、タイポグラフィを学んでいくと必ず行き当たる課題の一つです。通常は、サンセリフ(和文ならゴシック体)を表題に、セリフ書体(和文なら明朝体)を本文に使用することが多いと思います。このようにスタイルの異なる2種類以上の書体を組み合わせることが多いのですが、セリフ書体同士を組み合わせることは、おそらく至難の業と考えられます。それは、あまりにも似すぎた書体同士を組み合わせても、読者はその違いに簡単には気づけず、意味のない(タイポグラフィの機能のない)組み合わせとなりかねません。つまり、書体を組み合わせる場合の基本は、書体同士が十分に異なり、お互いの差異が区別できるようにしながらも、お互いに調和していなければなりません。
もちろんこの基本というのは、書籍などの長文を組版する場合の基本となります。雑誌や小さなパンフレット、ポスターなどの場合には、全く異なる書体同士の組み合わせも十分に考えられます。それでは、不協和音や重大な誤りを犯すことなく書体を組み合わせるための基本的な注意点を見ていきましょう。
FF Scalaファミリー。左上段:FF Scala Pro Regular、右上段:FF Scala Sans Pro Black、左中段:FF Scala Pro Condensed Bold、右中段:FF Scala Jewel Pro Crystal、左下段:FF Scala Pro Italic、右下段:FF Scala Sans Pro Condensed Bold
スーパーファミリー
スーパーファミリーとは、セリフ書体、サンセリフ書体、スラブセリフ書体等スタイルの異なる書体を同じコンセプトで制作した書体ファミリーのことを言いますが、このような書体ファミリーの書体同士はもちろんのこと相性がいいとされています。初心者の方は、とりあえずスーパーファミリーの中から異なるスタイルを選べば問題はないと言えるでしょう。例えば、リュック・デ・グロート氏 オランダ人書体デザイナーで、Thesisという書体で有名。Thesisは、TheSans、TheSerif、TheMix、TheAntiquaなどのスタイルの異なる書体を1つのスーパーファミリーとして制作しており、現在500以上のウェイトやバリエーションを含んでいる。のTheSerifとTheSans、マルティン・マヨーア氏 オランダ人の書体デザイナー、ブックデザイナー。Scala & Scala Sans、Nexus familyなどで有名。Scala SansはScala(セリフ)の骨格に基づき設計され、サンセリフ書体なのに手書き書体の筆跡を多く残す、書籍デザインにとても使いやすい書体となっています。のFF ScalaとFF Scala Sans、エリック・シュピーカーマン氏 ドイツ人の書体デザイナー、グラフィックデザイナー、著者。大企業のコーポレート用書体を制作したことで有名で、ドイツ語圏だけにとどまらずアメリカ、ヨーロッパ中で精力的に活動している。の時間差カップルFF MetaとFF Meta Serifなどが有名です。
同じデザイナーの書体
また、たとえスーパーファミリーとしてデザインしたものではなくとも、同じデザイナーの書体同士は相性がいいものがあります。ヘルマン・ツァップ氏 ドイツ人の書体デザイナー、タイポグラファー、カリグラファー、著者、教師。特に彼のカリグラフィーに基づいた書体デザインで有名。は異なる書体を制作しましたが、書体の骨格はカリグラフィーに基づいておりましたので、例えばAldusとOptivaの組み合わせはとても相性がいいと言えます。アドリアン・フルティガー氏 スイスの書体デザイナー、著者。特にUnivers、Frutiger、Avenirなどのサンセリフ書体で有名だが、他にもセリフ、スラブセリフ書体など作品多数。の書体でも、Univers、Centenial、Egyptienne Fなどがよく合います。また、エリック・シュピーカーマン氏のFF UnitとFF Meta Serifなどもこの例に当てはまるでしょう。
同じタイプファウンダリーの書体
小さなタイプファウンダリーの場合、デザイナーが一人である場合もあります。すると制作された時期は異なり名前も違いますが、文字同士の骨格が似ているため組み合わせてみると、とても相性のいいものがよくあります。
ヘルマン・ツァップ氏の書体。上段:Aldus Nova、下段:Optiva Nova。Kai Büschl und Oliver Linke: Schrift. Auswahl und Mischung, Bonn 2022, p. 283
エリック・シュピーカーマン氏の書体。上段:FF Meta Serif、下段:FF Unit
しかしがなら、これらの相性の良い書体同士を暗記して覚えることには特に意味はありません。それよりも「なぜこれらの書体同士の相性がいいのか」という理由を知ることの方が重要です。
また、「文字を数文字見ただけで書体の名前が分かる」ということを自慢している人がいるかもしれませんが、それは文字を扱う仕事には特に意味のないことです。それよりも大切なことは、文字を数文字見ただけで「どのような特徴があって、どのような使用方法に合うのか」ということが分かる方が書体を扱う方にとっては重要なことです。つまり、物事の理由を知っていれば、新しい書体に出会ってもその書体の扱い方がすぐ分かるからです。
コントラスト
初心者のための一般的な注意点は、強いコントラストを実現することです。先ほども少し述べましたが、あまりに似ているデザインではコントラストを生じません。ここでは、他の書体同士を組み合わせた場合のコントラストのことを述べていますので、ウェイトだけの違いから生み出すコントラストではなく、文字の形態のコントラストのことです。
文字の形態は、元々は文字を書いた道具の違いから生じました。現代では、文字はパソコンのモニター上に直接作られることも多いですが、本来は異なる道具を使って文字を手書きし、それを彫刻したり、鋳造したり、石に彫ったり、また、銅板に直接書いたりしてできた文字がスタイルの違いとして出現しました。文字の分類とそれを形作る道具の解説をすると、一冊の本ができるぐらいありますのでここでは詳細は述べませんが、以下に文字の形態(スタイル)の違いと、それらを組み合わせた場合のコントラストの低い例と高い例を紹介します。
この例では、文字同士のスタイルが近いのでコントラストは低いといえます。
この例では、文字同士のスタイルが異なり、コントラストは十分あるといえます。
この例では、文字同士のスタイルが完全に異なり、コントラストはとても高いといえます。
ハーモニー
それでは、コントラストの逆の概念であるハーモニーとはどのようなものかというと、文字の種類と骨格から説明することができます。文字の分類表は、各国さまざまな方法で分類されておりそれぞれ異なるのでここでは詳しく述べませんが、書体を組み合わせる場合には形態が「ダイナミックか静的か」ということが重要になります。形態がダイナミックなものは、文字の開き口が開いており、文字の線が太くなったり細くなったりしています。静的なものは文字の開き口が閉じており、文字の線の太さと細さが比較的均一であるか、o, e, cの軸の角度の傾きがほとんどありせん。
この軸が傾けば傾くほどダイナミックで、垂直に近づけば静的と言えます。
eの右側の部分が大きく開けば開くほどダイナミックです。nの繋ぎ目が細くなり、太い部分との差が大きいほどダイナミックといえます。
骨格とは文字の基本的な形態の中心線で表されるのですが、一番重要なことは文字の開き具合です。つまりストロークの終わりの角度の違う書体同士は不一致を生み出し、最悪の場合テキストがチラつき始め、とても読みにくくなってしまいます。
真ん中の線が文字の骨格といえます。この骨格が似たような書体を見つけることが重要です。
また、ハーモニーは文字の濃さや明るさを合わせることでも達成されます。文字の濃さや明るさに差が生じるものはコントラストが高く、それらが均一的に見えるものはハーモニーがあるとされます。
文字のスタイルが異なり、コントラストがあり、しかしながら骨格は似ているものを組み合わせることで、完璧なコンビネーションを奏でるとされています。ただし、この完璧なコンビネーションは「ハーモニーを重視した場合に重要である」と言うことを忘れないでください。短い文章の広告やポスターでは、完璧なコンビネーションより他の要素が必要とされますので、これはタイポグラフィの一要素であり、このコンビネーションを場面によって使うことができると上級者と言えます。
具体的な組み合わせ
Didone DidoneとはDidotやBodoniに代表される、高いコントラストとジオメトリックな文字の形態を特徴とする書体のこと。やネオグロテスク 19世紀に生じた初期のグロテスク書体とは異なり、より文字の線のコントラストが少なく、文字の横幅が比較的均一に造られているサンセリフ書体のこと。有名な書体として、Univers、Robotoなどもこのカテゴリーに属する。に分類されるHelveticaのような書体は閉じた形を特徴としています。したがって、この書体同士には互換性があるとみなされます。GaramondやFrutigerはそれらよりもっと開いた形態をしています。すると、これらの書体同士にも互換性を見出すことができます。マルティン・マヨーア氏はWalbaumとAkzidenz Groteskの相性の良さを、共通の文字の特徴に基づいて主張 Jan Middendorp, Erik Spiekermann (Editor): Made with FontFont; Type for Independent Minds, Amsterdam 2006, p. 59しています。このようにスタイルは異なりながら、共通の文字の特徴を探し出すことができれば、それらは相性が良いと言えるでしょう。
WalbaumとAkzidenz Groteskを重ねてみると、gの形態はだいぶ違いますがその他の骨格は似ているといえます。マゼンタ(ピンク色)がBerthold Akzidenz Groteskでシアン(うすい青色)がWalbaum MT
同じスタイル同士の組み合わせ
サンセリフ同士やセリフ書体同士を混ぜるのは簡単なことではないのですが、何人ものタイポグラファーがその課題に挑戦しています。スイス人のハンス・ルドルフ・ボスハルト氏 スイス人のタイポグラファー、ブックデザイナー、著者、教師、画家、木版画家等さまざまな顔を持つマルチタレント。『The Typographic Grid』の著者として有名。はAkzidenz GroteskとFF Metaの相性の良さを彼の著書『The Typographic Grid』で実証しています。これは、FF MetaがAkzidenz Groteskに大きな影響を受け制作されたため、文字同士に互換性があることを理解して組み合わせた結果です。ここで重要なことは、文字同士が似たような骨格を持っており、ハーモニーを奏でていながら、文字の幅がだいぶ異なるために、コントラストを生み出している、という点で素晴らしい組み合わせと言えます。
Hans Rudolf Bosshard: The Typogrphic Grid 見出しはAkzidenz Grotesk、本文はFF Meta。
その一方オランダ人デザイナーのイルマ・ブーム氏 オランダ人のブックデザイナー、タイポグラファー、教師、グラフィックデザイナー。ブックデザイナーとして特に有名。彼女の書籍はMoMAにも多数収蔵されている。は1987/1988年のオランダ郵政公社年鑑でUniversとFrutiger、Gill Sansなどのサンセリフ書体同士の混植を試みました。彼女は後に、これは「本当に無邪気さと勇気」の結果であったと認めていますが From an interview with Irma Boom by Angela Riechers, 27 Jan. 2014単に書体の混植に限界はなく、結局は書体の不一致をデザインコンセプトとして利用することもできると証明しています。UniversとFrutigerは、骨格が静的とダイナミックで異なりハーモニーを生じておりません。そしてこの使用例の場合ですと、文字同士のコントラストもありませんので「異なる文字同士の組み合わせによって効果的に書体を使用する」という点に関しては機能していないといえます。
1987/1988 yearbook of the Dutch Postal Service, Irma Boom 見出しはUnivers 57、本文はFrutigerとUnivers 65で組まれている。
セリフ書体同士の組み合わせには熟練と経験が必要ですが、全く不可能なことでもありません。LyonとStempel Garamondはあまりにも似たような特徴を共有しているため、上手く機能することはないでしょう。Bauer Bodoniのようなコントラストの高い書体なら、Caslon Ionicのような単線的なスラブセリフと調和するかもしれません。両者は異なる歴史的背景を持っていますが、似たような「閉じた、静的な」形状を特徴としており、ハーモニーを持ち、なおかつ線の太さの違いから大きなコントラストを生じています。
上段:LyonとStempel Garamond。上段の例では、文字同士が似すぎてコントラストを生じません。下段:Bauer BodoniとCaslon Ionic。下段の例では、文字同士の形態は似ていますが、太さ、細さが違うのでコントラストを生じています。
セリフ書体のイタリック体は、形状によってはそれ自体が一つのスタイルとして扱われることがあります。このイタリックを正体と混ぜると、テキストの濃さがイタリック体は正体に比べて明るくなることから、イタリック体は異なる書体設計で骨格が異なりますが、混植できるとされています。
これは、イタリック体は速記用の手書き書体に基づき設計され、それと組み合わせられる正体は幅広のペン先でゆっくりと書いた書体を活版印刷用に彫刻し、鋳造した書体に基づくことを考えると、日本語の明朝体が手書き筆文字のひらがなと楷書体のカタカナ、彫刻された印刷文字ような形態を持つ漢字が組み合わせられて、一つのテキストとして成り立っているのと似たような組み合わせとも言えるかもしれません。
その組み合わせが、機能するには「読者がすぐに文字が変わっている事に気づける」と言う前提があります。このことが気付けないぐらい似通っている場合、それは機能しないと言えます。また、この場合欧文を読み慣れていない日本人が気づくぐらいの違いではなく、欧文を読み慣れている欧米人にとって気づく程度である、と言うのが大前提です。毎日欧文を読んでいる読者にとっては、日本人が気づく範囲よりも繊細に欧文書体の違いを見分けられると考えられますので、このことは頭の隅に置いておくといいと思います。
最後に
2つの書体のコントラストやスタイルが十分であり他の特徴によって調和がとれていても、サイズがほんの少し合わないだけで簡単に不調和に陥ってしまうことがあるので、それらの書体を実際に使用する場合には注意が必要です。はっきりと異なるサイズでそれらを使用するか、完全に一致させるかのどちらかにしたほうが良いでしょう。短い文章では、コントラストが強い方がよいのではっきりと異なるサイズがよいでしょうし、ゆっくりと読む長文では調和を重視して読者の気が散らないようにした方がいいでしょう。いずれにせよ「適材適所にコントラストと調和を組み合わせて料理する」というのがタイポグラフィの基本となります。
長めのアセンダーやディセンダー、エックスハイトの高さは、同じサイズで使用しても全く違う大きさに見せてしまうことがあります。視覚的に大きさを近づけるヒントとしては、異なる書体同士のエックスハイトの高さを一致させることです。これはあくまでスタート地点ですので、そこから視覚的に同程度に見えるように微調整してください。最終的には、多くの書体同士を組み合わせて、調節して、最終デバイス(印刷なら印刷した紙、スクリーンならモニターや携帯電話)でチェックする、という作業を繰り返します。
そして何よりも助けになるのは、同僚や専門家の方に見せて他の方の意見を聞くということも大変重要です。一人で作業をしていると何回も見すぎて自分で判断がしにくくなります。最終判断としては自分の目を信じることが大切ですが、初心者の方々にとっては、他の方の意見が大変役に立つでしょう。また、他の方に何かを見せる場合には、どのような理由でどう組み合わせて調節したのかなど、細かな理由を添えてあげるとより具体的な答えが返ってくると思います。
参考書籍:
Büschl, Kai und Linke, Oliver: Schrift. Auswahl und Mischung, Bonn 2022
Forssman, Friedrich: Wie ich Bücher gestalte, Göttingen 2016
Middendorp, Jan and Spiekermann, Erik (Editor): Made with FontFont; Type for Independent Minds, Amsterdam 2006
Noorzij, Gerrit: The Stroke, London 2005
Willberg, Hans Peter: Wegweiser Schrift, Mainz 2001